蓮華堂ブログ

日蓮宗まめ知識 3

雨ふりな一日でした、tatuです。

小豆沢墓苑では在来仏教の一つ日蓮宗によるご法事も執り行えます。

歴史後半
その後、「法華経を広めようとする行者は難にあう」という法華経自体に
書かれている予言通り、「松葉谷の法難」「小松原の法難」など数々の
難に遭い、死の危険にさらされることになります。「社会に天災や疫病
などが続くのは邪法・悪法がはびこっているからだ。法華経信仰によって
国土の安穏をはからなければならない」と説いた『立正安国論』を執権
北条時頼に提出すると、その内容を幕府に危険視され伊豆に流罪
(伊豆の法難)。さらに「龍の口の法難」では斬殺寸前となりますが
稲妻によって奇跡的に逃れ、佐渡に流罪となります。文永11年(1274)
ようやくゆるされた日蓮は身延山に入り、61歳で生涯を閉じるまで著作と後進の育成につとめたのです。

お仏壇の飾りかた
中央には大曼荼羅か、釈迦牟尼仏、あるいは三宝尊のいずれかをご本尊と
してまつります(三宝尊とは向かって右に多宝如来、中央に「南無妙法
蓮華経」のお題目、左に釈迦牟尼仏を配したものです)。その右に
鬼子母神、左に大黒天をまつります(法華宗では逆)。そしてそれらの
前中央に日蓮聖人をまつります。

投稿者:tatu | 投稿日:2010/05/23